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2000年10月18日坂田誠山率いる千葉邦楽合奏団の演奏会がミラノのテアトロでありました。私は仕事の都合で按配良くイタリヤ滞在中でしたのでミラノに出かけて演奏を聞いて来ました。取れ立てのホットレポートです。
今回の演奏会はいろんな国の特徴的な文化紹介を持ち回りで行っておりその順番が日本領事館に廻って来たと言うことで企画されたものだそうです。私は18日の3時頃一行の滞在するホテルに出かけて見ました。ほとんどの人は前日のリハーサルも終わり、見物に出かけたり、ショッピングに行ったりしていました。5時頃ホテルに全員集合、大型バスで会場に出発。夕方のラッシュの中、古いミラノの町並みを眺めながら約40分、教会に付属した劇場に着きました。入り口には文字だけで印刷したポスターが貼ってありました。”マエストロ SAK ATA”の文字が見えました。中央にあまり大きくはない舞台があり、約300座席の、そうですね日本の公民館のような会場でした。
最後のリハーサルが始まりました。始めての海外公演で緊張されているのか、坂田さんは盛んに皆にリラックスするように冗談を言ったり、くり返し問題点を練習したりしていました。2時間近くリハーサルをし、そろそろ8時になろうとしています。お客さんは未だ入って来ません。お客がほんとに来るのか少し心配になりはじめた頃、続々と人があらわれたちまち満席になってしまいました。皆さん年配の方が多かったようです。そして身なりから想像するに可成上流階級の方が多かったように思います。 まず日本の自然と庭を紹介した映画が始まりました。映画が終わると拍手。 これで雰囲気を盛り上げで紹介し、日本の領事、イタリヤの人を舞台に招き挨拶をうながし、一頻りインタビューし、次に出し物の紹介をはじめました。この女性は着物を着ていました。
先ずは弓道の型の紹介がありました。日本人先生と4人のイタリヤ人弟子と藁の的に向かって矢を射る型を見せていました。解説者が盛んに”禅”と言う言葉を使っていましたが、非常に張り詰めた空気が会場を包み、物音一つしない空間に成っていました。イタリヤで弓道を見るとは思いませんでした。
さあいよいよ千葉邦楽合奏団の出番です。団員が板ついてライトアップされた途端、見慣れぬ楽器と、和装の女性郡に”オー”と言うため息が会場いっぱいに流れました。最初は“春の海の主題による協奏的幻想曲”坂田誠山は堂々と気持ちよさそうに演奏。バックの合奏団も最初の曲にしては上がった様子も無く熱演。合奏団の尺八はバックの音として訓練されているなという感じを強く感じさせ、大変に良いハーモニーを聞かせていました。
2曲目は“日本の唄メド レー”日本の歌のメドレーの定番的な曲の構成ですが、リズムの変化をうまく演出し大変に洒落た編曲です。最後の終わり方など16ビートの乗りできちっと決め面白く聞けました。次に団員は舞台を降り坂田誠山の独演“竹頼五章”テクニックとそのテクニックに裏打ちされた高い緊張感、音色の変化、尺八の技法を駆使した演奏。スパゲッティー民族は何と感じるのだろうか?音楽の持つ精神性は恐らく共通のものだろうと思いました。再度団員が登場して“風雅”箏と尺八の協奏的独奏は良いムードが出たし、全員リラックスしていい演奏でした。箏の柱が飛ぶハプニングがありましたが慌てず騒がず、坂田誠山がさり気なく拾って渡すシーンもありました。万雷の拍手に送ら れて演奏会は終わろうとしています。坂田御夫妻が数回コールを受けてから、坂田誠山自らアンコールを宣言し、石井さんのピアノ伴奏で演奏をはじめました。一瞬会場に緊張が走り、堰を切ったような感じで和みと拍手が会場を包みました。リハーサル中にイタリヤの方が是非この曲をやってくれないかといって楽譜を持って来たのですが、その唄は”聞けば立ち所にミラノの人達の心が一つ”になってしまうと言う曲で、ミラノのシンボル”ドウォーモ”の最上階に安置して有るミラノのシンボル的女神”マンマニーナ”讃歌だったのです。そんな曲を演奏したものですから大変!皆で大合唱が始まりました。私はビデオ撮る係りをしたのですが、撮影しながら感動で腕が震えて画面が揺れるのをどうしても抑える事が出来ませんでした。そんな感動的なエンディングで、終わった頃には0時をはるかに廻っ ていました。
ホテルに帰るバスの中では疲れて眠ってしまう人も!ご苦労様でした。
坂田誠山の一言“リハーサルでは皆顔が引きつってどうなることかと思ったけれど、千葉邦楽合奏団は本番に強いネ”
ここまで読んでくれた人も大変にご苦労様でした。
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